灰色のリハビリテーション: ショウの死後の受容

Drama 21 to 35 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

気がつくと、僕は見慣れない場所にいた。白い壁、無機質な家具。ここはどこだ?…いや、どこじゃない。ここは、死後の世界だ。
とある出来事、というにはあまりにも唐突だった。、EPR97809(ショウ)は、死んでしまったのだ。享年28歳。
転生の話も、天国への道筋も、そこにはなかった。代わりに目の前に現れたのは、病院のような、療養所と呼ばれる場所だった。
「ようこそ、ショウ様。こちらは死後療養所です。こちらでしばらくの間、心身のケアを受けていただきます」
担当の女性は事務的な笑顔で告げた。ケア?死んでしまったに、一体何のケアが必要なんだろうか。
現世とほとんど変わらない生活が始まった。三度の食事、決まった時間にやってくる受容セラピー、娯楽室に置かれた古いゲーム機。ただ一つ違うのは、ここが死後の世界である、という紛れもない事実だけだった。
死んだら楽になる、そう思っていた。しかし、現実は甘くなかった。ここは確かに楽園ではない。ただ生きる場所から、死んでしまったものが集まる場所へと変わっただけだった。
生きていた頃から抱えていた孤独感は、死後の世界でも消えることはなかった。いや、むしろ増幅されたと言ってもいい。なぜなら、ここは死にたくても死ねない場所なのだから。
8年という月日が流れた。はほとんど療養所の個室から出ることなく、ひきこもりのような生活を送っていた。体調不良を言い訳に、全てを拒絶した。セラピーも、娯楽も、他の入所者との交流も。
ある日、いつものように食事を終えて部屋に戻ろうとした時、一人の女性がに声をかけてきた。
「あの、すみません。少しお話してもいいですか?」
彼女の名前は成香。儚げな雰囲気を持つ、美しい女性だった。年齢はと同じくらいだろうか。
「…別に、話すことは何もない」
は冷たく言い放った。誰とも関わりたくなかった。それが、を守るための唯一の手段だと信じていたから。
「…そうですよね。でも、もし良かったら、たまにでいいので、少しだけお付き合いいただけませんか?私も、ここに来たばかりで…少し心細いんです」
成香は悲しそうな目でを見つめた。その目に、は自分自身の孤独を重ねてしまった。
「…わかった。気が向いたら、相手をしてやる」
それが、成香との出会いだった。彼女は毎日、の部屋を訪れた。無理に話しかけることはせず、ただ隣に座って、本を読んだり、手芸をしたりしていた。
初めは鬱陶しく思っていただったが、成香の存在はいつの間にか、の中で確かな変化をもたらしていた。彼女と話すうちに、少しずつ、閉ざしていた心が開き始めたのだ。
「ねえ、ショウさん。死因って、覚えてますか?」
ある日、成香は突然、そう尋ねてきた。は顔をしかめた。死因…それは、が最も目を背けてきた過去だった。
「…思い出したくない。そんなこと」
「でも、向き合わないと、前に進めないと思うんです。たち死んでしまった人間は、過去を受け入れて、死後の世界で新しい生き方を見つけなければならない。そうしないと、ずっとここで立ち止まったままになってしまう」
成香の言葉は、の胸に深く突き刺さった。そうだ、彼女の言う通りだ。いつまでも過去に囚われていては、何も変わらない。
勇気を振り絞って、はゆっくりと口を開いた。
「…は、焼身自殺したんだ…」
小さな声だった。それでも、にとっては、大きな一歩だった。
成香は黙って、の手を握ってくれた。その温もりが、の心を癒してくれた。
そこから、少しずつ、は過去を語り始めた。仕事のプレッシャー、人間関係の悩み、将来への不安。それらが積み重なり、へと追い詰めたのだ。
そして、一番の苦しみは、息子を残して死んでしまったことだった。は息子を愛していた。しかし、を選んでしまったことで、息子に深い傷を負わせてしまった。
は、息子に償わなければならない…」
「…どうやって?」
成香は静かに尋ねた。それは、自身にもわからないことだった。
数日後、は8年ぶりに個室から出て、療養所の外を散歩することにした。成香も一緒だった。
久しぶりに見る死後の世界は、どこか色彩を失っていた。以前は気づかなかったが、療養所の外にも、苦しみや悲しみを抱えた人々がたくさんいたのだ。
「…は、何も変わっていなかったんだ。 死んだからって、悩みや苦しみから解放されるわけじゃない。それどころか、生きていた時よりもっと深い闇に囚われてしまうことだってある」
「でも、ショウさんは、変わろうとしているじゃないですか。過去を受け入れ、未来へ進もうとしている。それが一番大切なことだと思います」
成香は優しく微笑んだ。その笑顔に、は救われた。
それから、は積極的に療養所のセラピーに参加するようになった。他の入所者と交流し、自分の過去を語り、彼らの話を聞いた。
死後の世界にも、確かに希望はある。受容という概念が存在し、そこには他者との繋がり、そして少しのユーモアがあった。苦しみを分かち合い、支え合うことで、たちは少しずつ、癒されていく。
ある日、療養所の管理者から、ある知らせを受けた。
「ショウ様、あなたのご息子のことで、少しお話があります」
息子の名前を聞いた瞬間、心臓が締め付けられるようだった。
「…息子に、何かあったんですか?」
管理者は神妙な面持ちで告げた。
「ご子息は、あなたと同じ道を辿ろうとしています…」
同じ道? ぬということか? の目の前が真っ暗になった。
「なんとか止めてください! から、息子に伝えてください!絶対にぬなと! んだところで、何も解決しないと!苦しみから逃れることはできないと!」
は必死で叫んだ。今、にできることは、それしかない。
管理者は頷き、の言葉を息子に伝えることを約束した。
数日後、管理者が再びの元にやってきた。
「ご子息は、思いとどまったそうです。あなたの言葉が、彼の心を救ったと仰っていました」
は安堵のあまり、涙が止まらなかった。息子は生きていてくれた。それだけで、十分だった。
死後の世界から、現実世界の息子へ。 死んだ僕の声が、確かに届いたのだ。
それから数年後、療養所で穏やかな日々を送っていた。過去の傷は癒え、新たな希望を見つけることができた。
成香は今も、の隣にいる。彼女はの親友であり、の支えだった。
死因と向き合い、過去を受け入れ、息子との絆を取り戻した。はようやく、死後の世界で生きる意味を見つけることができたのだ。
終わりなき死後の世界で、たちは受容を繰り返す。そして、それぞれの新しい物語を紡いでいく。